「荒川駅」として開業
京成押上線の駅が、荒川放水路の土手の上に開業。当時は「荒川駅」と名付けられました。
THE STORY OF YAHIRO
「荒川駅」から「八広駅」へ。駅名と地名に込められた願いを、地域の人々の活動とともにたどります。
FROM A STATION NAME
京成押上線の八広駅は、前身の「荒川駅」を含めると、100年以上にわたって地域を見守ってきました。駅周辺の八つの町が一つになり、やがて駅名も「八広」へ。そこには、八方に広がり、末広がりに続いていくまちへの願いがあります。
このページでは、新聞資料と地域から寄せられた情報を読み取り、八広の歩みを文章と年表に整理しています。
駅の開業、地名の誕生、駅名の改称、30周年の記念行事。そして八広八八祭りへ。地域の歴史を、次の活動につなげます。
京成押上線の駅が、荒川放水路の土手の上に開業。当時は「荒川駅」と名付けられました。
新聞記事によると、駅周辺の八つの町が合併。町の数と末広がりの縁起のよさから、「八広」という地名が生まれました。
1994年4月1日、駅名が現在の「八広駅」に改称されました。地域の名前を駅名に刻む、大きな節目でした。
2024年9月29日、八広小学校で記念式典とイベントを開催。駅名の由来と地域の歩みを、次の世代へ伝えました。
八広誕生60周年を記念し、2026年8月8日(土)に八広地域プラザ吾嬬の里で開催。ダンスステージやオリジナルのハネ提灯づくりを行いました。
新聞資料で紹介された出来事を、写真ではなく文章として整理しました。駅名の由来と、地域が節目を祝った一日の意味を、次の世代へ伝えていきます。
前身は、荒川放水路の土手の上に開業した「荒川駅」。地域から駅名変更の要望が重ねられ、1994年4月1日に現在の「八広駅」へ改称されました。
本多信悟会長は、八広駅の改名実現に向けて奔走した一人として、その経緯を語り継いでいます。
2024年9月29日、八広小学校で駅名誕生30周年の記念式典と地域イベントが開かれました。駅名の由来を伝え、町会・自治会など地域の人々が節目をともに祝いました。
記念行事の実行委員会では、本多信悟さんが事務局長を務めました。